2021年10月に開催されたプロ野球ドラフト会議で巨人に4位指名された石田隼都選手。
一体どのような選手なのでしょうか?
そこで今回は、
- 石田隼都選手のwikiプロフィール
- 石田隼都選手の中学や小学校などの経歴(球歴)
- 石田隼都選手の兄弟や父親、母親の家族構成
こちらについてご紹介していきたいと思います。
石田隼都選手のwikiプロフィール
石田隼都選手のプロフィールがこちらです。

名前 | 石田 隼都 |
読み方 | いした はやと |
生年月日 | 2003年4月5日 |
年齢 | 18歳(2021年11月現在) |
出身 | 栃木県真岡市 |
身長 | 183cm |
体重 | 73kg |
守備 | ピッチャー |
投打 | 左投げ左打ち |
石田隼都選手の父親や母親の両親、兄弟や姉妹の家族構成
石田隼都選手のお父さんは野球経験者で、石田選手が小学校の時に所属していた「真岡クラブ」で監督を務めていたそうです。
石田選手にはお兄さんがいて、野球をされていたとの事です。
石田選手のお母さんについての情報はありませんでした。
石田隼都選手の球歴
次に石田隼都選手の経歴をご紹介します。
石田隼都選手の小学校、中学校時代
真岡小学校3年生の頃に真岡クラブで軟式野球を始めた石田隼都選手。
中学は真岡中学校に進学し、硬式野球チーム真岡ボーイズでプレーしていました!
ちなみに真岡ボーイズは日本野球連盟に所属して10年ほどと日は浅いものの、強豪チームとして知られていたそうです!
中学2年生でそんな強豪チームのエースに抜擢され、
中学3年生の頃には球速が最高140km/hまで迫り迫力を見せていました。
その後、プロ野球の登竜門とも言われる2018JUNIOR ALL JAPAN(野茂JAPAN)へ選されました!
石田隼都選手は3年の頃には身長が180センチを超えていたそうで、この体格から投げ出される140km/h近くの高速球を打てる同世代は少なかったのではないでしょうか?
石田隼都選手の高校時代
高校は東海大学附属相模高校へ進学。
1年生の春から背番号17番を背負いベンチ入りを果たします。
関東大会の準々決勝浦和実業学園との試合で先発としてデビューし、5回6三振、4安打1失点の好投で見事初勝利を飾りました!
石田隼都選手は1年生夏の予選決勝・日大藤沢高校との試合では142km/hを記録。
チームは24対1の大勝を収め、石田選手が勝利に大きく貢献しました。
2年生の夏の選抜交流戦では大阪桐蔭と対戦。
2-4の逆転で敗戦と悔しい結果に終わりました。
石田隼都選手は7回1アウト1・2塁からの投強襲打で悪送球、犠飛で同点となり7回2失点で降板しています。
2年生の秋の予選からはチームのエースとして定着し、7戦48.2回55三振、防御率1.29の好成績をマーク。
関東大会の準々決勝では東海甲府と対戦し、1-2のサヨナラで敗退となりました。
翌年の3年生春の選抜甲子園では見事優勝を飾り、スカウトからドラフト上位の評価を獲得した石田選手。
先発として全5試合マウンドに登り、合計で29.1回無失点の好投で全5勝を記録しました
与四死球率0.61の制球力を見せつけ、146km/hの直球と変化球で次々と三振を奪取。
準々決勝の福岡大附属大濠高校との試合で14三振、準決勝・天理高校との試合では15三振と、2試合連続の2桁奪三振完封を記録しています!
しかし、3年生夏の県大会は同チームのメンバー17人が新型コロナウイルスの感染し、ベスト8で敗退と悔しい結果となりました。
ですが石田選手は大会4試合中、3試合計12回を無失点に抑え、選抜以降の連続0封記録を42.2回まで伸ばしました!
石田隼都選手のピッチング動画&まとめ
いかがでしたでしょうか?
183センチの長身と武器であるテンポのある投球を活かし、プロ野球界でも活躍してくれることを期待しています!
今後も石田隼都選手の活躍から目が離せないですね!






